自民党は保守ではない──その理由は占領体制の延命にある

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概要

自民党はなぜ「保守」と言えないのか──占領政策の延長としての戦後日本

戦後日本の政治構造を振り返ると、ある不都合な事実が見えてくる。
それは、自民党が「保守政党」と言いながら、保守の本義である“国家の自立・主権の確立”を一度も回復してこなかったという点だ。

本来、保守とは国家の独立や伝統、文化を守り、自国の判断で物事を決める政治思想を指す。ところが日本の戦後体制は、出発点からしてその正反対だった。GHQのCI&E(民間情報教育局)が作った占領政策は、「日本を対米従属の枠内で管理し続ける」ことを目的に制度化され、その骨格は1955年に自民党が成立した後も、ほぼそのまま維持された。

安保体制、経済政策、メディア構造、官僚組織──これらは占領期に定められた基本設計を軸に動いてきた。たとえば、外交・安全保障の根幹は米国の戦略が前提であり、日本側の裁量はきわめて限定される。経済面では、プラザ合意から農政・貿易政策に至るまで、米国の要求に沿って動く“追従構造”が繰り返されてきた。メディアの制度設計もGHQ期の枠組みが現在まで続き、情報主権は回復しないままだ。

つまり自民党は、保守というよりも「占領体制の継続管理者」として振る舞ってきた政党と言える。国家の主権を回復するどころか、戦後に埋め込まれた対米従属構造を維持することで政治基盤を安定させてきた。これは、共同体の自律を重視する政治思想としての保守とは明らかに異なる。

重要なのは、批判の矛先を特定の政治家個人に向けることではなく、制度そのものの“設計”を見ることだ。自民党が何を守ってきたのかを振り返ると、それは国家や伝統ではなく、占領期に作られた体制の再生産だった。だからこそ、「自民党=保守」という言葉は、戦後日本における最大の思い込みの一つである。

構図

社会構造を示す図

結論

占領期に設計された体制を守ることが、いつの間にか「安定」と読み替えられ、その延長線上で自民党は“保守”を名乗ってきた。しかし、国家の自立より占領体制の維持を優先する政治は、伝統や独立を重んじる本来の保守思想とは決定的に矛盾する。
むしろ自民党は、戦後に固定化された対米従属型システムの管理者として機能し続けた政党であり、「保守」という言葉が覆い隠してきたのは、この構造そのものだ。


このテーマは多くの論者が触れてきたが、個々の論点が点在し、全体像としての“戦後レジームの構造”が十分に整理されてこなかった。本シリーズでは、自民党・官僚機構・メディア・財界・宗教ネットワークまで、占領体制がどのように現在の政策決定に生き残っているのかを段階的に深掘りし、読者が構造を俯瞰できる形で明らかにしていく。

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