1. 主食を握る者が国家を握る(歴史的普遍性)
宗教支配・植民地支配・占領政策、いずれも
最初に狙われるのは “主食”。
主食を変えれば、文化・身体・価値観・経済の基盤ごと変えられる。
- 食習慣を変える
- 身体の反応が変わる
- 経済行動が変わる
- 依存先が変わる(政治的従属)
主食は「文化」ではなく「支配のインフラ」。
2. 主食コントロールは経済支配の入り口(植民地〜現代)
植民地支配では
在来主食を“劣等化” → 小麦・パンに置き換える → 輸入依存化 → 支配固定
という分かりやすい構造。
これは現代でも
- 穀物メジャー
- 農産物先物市場
- 国家食糧政策
- 補助金・制度設計
などのフィルターを通して 継続中。
特に小麦は国際価格連動で、価格支配は外にある。
3. 日本も例外ではなく、戦後政策で主食構造が書き換えられた
GHQ期に導入された
- パン給食
- 小麦生産保護の制度
- 「米=古い」「パン=文明」の刷り込み
- 食生活の米離れ
- 食糧管理法改革
- 農協・大手流通の中間構造
これにより、日本の主食選択肢も外部要因に左右される仕組みが形成。
現在もその枠組みが続く。
「米は余る→小麦は輸入し続ける」という矛盾も。
4. 現代は“静かな主食支配”が進んでいる
まとめの締めとして入れるべき視点:
- グローバル穀物企業が価格を左右
- 製粉・パン産業は輸入小麦に依存
- 米の流通は農政とJA構造に縛られる
- 主食価格を動かすのは農家ではなく制度側
- 消費者の選択は「自由」のようで「誘導済み」
つまり、
主食の選択権は国民には無い。
国家と市場が握っている。
歴史の延長線上に今の日本がある、という結論にできる。
◆まとめ:主食を握られた国は、国家のハンドルを奪われる
歴史を振り返れば、支配者が最初に狙うのは領土でも法律でもない。
“主食” だ。
主食とは文化ではなく、
生存と価値観と経済を一気に支配できる、最も効率的な制御装置である。
宗教的支配でも、植民地化でも、戦後日本でも、
為政者がやったことは同じだ。
- 伝統主食を劣等化する
- 新しい主食を“文明”として押し付ける
- その主食の供給源を握る
- 最終的に、国家の経済スイッチすら掌握する
これが何百年も変わらない 支配のテンプレート だ。
植民地では雑穀やイモを「野蛮」と断じ、
小麦とパンを輸入させ、
その価格を外から操作することで、
国家まるごと“市場の奴隷”に変えられた。
そして日本もまた、
GHQの占領政策によって食の土台を上書きされた最初の例外ではなく、
米を弱らせ、小麦を強制的に刷り込む構造が戦後のスタンダードになった。
米が余っても小麦を輸入し続けるという狂った構造は、
偶然でも国民の選択でもなく、
政策と市場が組んだ「主食支配の継続」そのものだ。
現代でも、主食の価格も供給源も国民には触れられない。
触れるのは国家とアグリビジネスだけだ。
つまり、日本人は“何を食べるか”を自分で決めているようで、
その選択肢そのものが すでに誘導済み である。
主食を握る者が国家を握る。
この原則は、いまも静かに、しかし確実に日本を締め付け続けている。
GHQによって創られた米国追従政党自民党は主権を放棄している事実。